「ウォークスルー」とか「レビュー」ってもの
結論ないままに日頃思うことについて。
ソフトウェア技術者にとって、「ウォークスルー」とか「レビュー」は割と馴染みがある言葉ではないでしょうか。
厳密には違うものですが、職場方言的にいろんなやり方があります。
軽くやるところもあれば、一週間前から調整してしっかり資料を準備しなければ、というところもあります。
いずれにしても、レビュワー(見る人)とレビュイー(見られる人)がいる、というところは共通です。
「管理職が責任を持て」という意味も込めて、「管理職」がレビュイーとして必須参加、というケースも多いと思います。
「プロ」に「シロウト」が意見する場
やってて思うのが、レビュイー(見られる人)の方が、「現場」にいるわけだから、当然詳しい。プロなんですね。レビュワー(見る人)の方がむしろ素人。
最初のうちは「先生」が「生徒」のアウトプットを検査する体裁でやるものと思って始めるんですが、実際はそうじゃないんですね。逆。
じゃあ、意味がないのか、というと、そうでもないのが不思議なところ。
素人丸出しの「素朴な質問」が「あれっ?そういえば」的にレビュイーに刺さる場面が多々あります。
「grepして確認したか?」「初期化してる?」「配列indexは大丈夫?」という初歩的なところに始まり、
「そもそも、仕様としてここは無駄じゃない?」というところもあったり。
素人が気付くぐらいだから、ほんと単純なのに、なぜか抜けてるんですね。
また、レビュワーも場数だけは踏んでたりしますから、経験を活かして「これ、○○機種の作りと違うから再確認して」なんて指摘もでますね。
「現場のプロ」なんだけども、「それは考えから抜けてた」というものが意外と素人の素朴な目で明らかになっていきます。
本気の「ヒアリング」は有意義
レビュワーが「知ったかぶり」なんかせず、「本気」で「ヒアリングする」と、大体実りある場になります。
中には最初から「テキトーにやっといて」で丸投げする人もいますが、そういう人をレビュワーにすえてやっても意味はないですね。
本気度が高い人は、事前に資料を送ってもらい、目を通しておくことも多いです。
こういうところは、コンサルティング、ファシリ、カウンセリングというものも似たようなところがあるのかも、と思います。
「プロ」に対して「本気でヒアリング」して新たな気付きを提供する、みたいな。
昔は「プロに対しておこがましい」という気持ちがものすごくありました。
最近はそうですね、そういう「研ぎ澄まされた現場」で意外と「共有知」が抜け落ちてたりするのに気づいてきました。「阿吽の呼吸」で進みすぎてて2割くらいの人しか動けてない、とか。
「素朴な疑問」の大事さも分かってきました。「神聖なるハンコ押し」に対して「それって意味あるんですか?」みたいな。
「組織人」ってどうしても「合わせる」ところがあるじゃないですか。それも大事なことですから。
だからこそ「本気の素人」の価値があると思います。











