「リーダーの仮面」 レビュー
検索すると色々と書評がでますので、そちらもご覧ください。
結論から言いますと、いい本だな、と思います。
ただ、出来るかどうか、状況があってるか、ですよね。
「面白かった」「正しいと共感する」が、「原理主義的運用には注意」です。
現実運用で難しい部分がコンサルティングに結び付く部分になっていくのだと思います。
現実で採用する際には、「誰でもできる」というものではない、と考えたほうがよいです。考え方の核になるとは思います。
大枠としては、原始的なピラミッド組織へ回帰することで、多様性、柔軟性を排除。優先度の高いところに一点集中、という形をとっていると感じました。
ただ、原始的なピラミッド組織が常に有効ではない、という反省から「迷い」が出ざるをえない、ということも事実ですから、その辺りは心に留めておく必要があると思います。
個人的に印象に残ったのは以下です。
- 上司は部下に「指示」を出すこと。「お願い」をしてはいけない。
- 部下のモチベーションを上げる必要はない。
「指示」については、軍組織や、ピラミッド組織をイメージするとその通りでしょうね。
「モチベーション」についてはどうでしょう。
著者のロジックを私なりに解釈すると以下だと思います。給料をもらっている。→仕事をするべき。
「仕事をするためにモチベーションを上げてほしい」は筋がおかしい。→自分であげなさいよ。
「ボランティアをお願い」するわけではないですからね。
ぐうの音もでません。深いですね。
ただ、多くの批判的レビューがある通り、「違和感」が残るのも事実です。
違和感を探ってみます。思いつくのは以下です。
- 「上司権限」が設計されていない組織の存在。
- 「命令、指示」が間違っていることがある。
- 「モチベーション」無視は「チームワーク」スタイルに向かないのでは?
- 「モチベーション」無視はチームメンバーの目標達成を阻害するのでは?
- 「モチベーション」無視上司は嫌→離職率が高くなる。
冷静に考えてみます。
上司権限の設計が必要
「上司権限」が設計されていない組織の存在。
よくあります。
肩書こそ「主任」「係長」「課長」とついていても、本人は「何をするのかよくわからない」という肩書。
肩書が「対外的な肩書」として設計されているケースです。社外で活動するときに、「信用を得るため」につけられているのです。
昇進した本人も役割を意識できていません。
給与も部下と変わらない、部下と給与が逆転している、ということもあります。
本人/部下/会社が「部下に指示をしっかり出す」「チームをまとめる」ことを期待していない。この状態で「仮面」スタイルをやると、「お前そんなに偉くないだろ」と部下に突っ込まれそうです。
この肩書イメージの会社では、本スタイルを適用する前に、一度肩書の意味を見直した方がよいと思いますね。
本スタイルを採用するには、その前提として、軍組織、監督と選手といった形をイメージし、権限を持たせる組織設計にする必要があるでしょう。
間違いは許容範囲
次に、本能的に我々がわかっていること。
「命令」「指示」が間違っていることがある。
たまには間違いますよ。人間ですから。
過ちが頻繁におきるとすると、そもそも組織の体裁をなしていないです。
「仮面」スタイルのリーダーが不勉強ということもないでしょうから、危惧するほどの問題にはなりえない、というのが私の意見です。一つの間違いをもってして、残りの99のいうことに反発、は「幼児性」であって付き合うに値しません。
また、補佐的なキーマンを抜擢してそもそもの案を練らせる、ということを否定するものではありません。
経営陣で大きく間違うこともあるでしょう。しかし、このような批判も大体が「結果論」ですからね。
現実問題として、成長が著しい企業や終身雇用の弊害で、上司よりも部下の方が元々の能力が高い、ということは普通に起こります。50代の管理職のもと、働き盛りの40代までのほうがよほど優秀だったりします。こういうところには注意です。
ただ、これは「能力を考えていない」という人事的な制度設計問題の為、本論とは分けて考えるべきですし、それが現実運用では注意が必要になってくる所以だと思います。
「モチベーション」は部下同士であげよう
次です。
「モチベーション」無視は「チームワーク」スタイルに向かないのでは?
ここは、少し巧妙なところがあり、勘違いされやすいです。
また、極論を進めるために「少しごまかしているかな?」と私も感じています。
理屈的にはこうなります。
「飲み会」でも「円陣」でも、「やりたければ部下内で勝手にやればいい」のです。
ただ、「上司が」部下のモチベーションをあげてあげる必要はない、というのですね。
こう考えてください。監督は選手のモチベーションを気にかけない。しかし、キャプテンはチームのモチベーションを当然考える。
キャプテンについては「群れの先頭」という言い方としています。
「キャプテンは上司じゃないのかよっ」てつっこみたくはなりますね。
現実的なイメージでは、「主任クラスは部下のモチベーションをあげてほしい」「課長はより上位のことを考えろ」というイメージでしょうかね。
上司は孤高であり、「円陣」とは距離をおけ、ということですね。
野球監督のイメージを考えるとよさそうです。
「モチベーション」は無視すべきでない
次です。
「モチベーション」無視はチームメンバーの目標達成を阻害するのでは?
結論から言うと、あり得ると思います。
本スタイルは、どちらかというと、5Sができていない段階の組織への適用を前提とし、原始的なピラミッド組織の考え方です。従って、現代的な「多様」「柔軟」なテクニックを要するアプローチは排除します。
本スタイルでは、「モチベーション」を飲み会的なことで上げる、という「一時しのぎ的な要素」として見ている感じがあります。しかし、映画で見る軍組織でもそうですが、長期的な戦闘など、長期的なストレスがかかる環境では、「モチベーション」は甘くみる要素ではありません。組織目標を「自分事」として「納得してとらえる」ことは必要です。むしろ、持続的に成果を出すための「キー要素」ではないか、と思えます。
指示の精度が大事
さらにいうと、「指示の精度」がキーだと考えます。
「盗塁しろ」という指示、では伝わらない時がある。「ツーアウトから1点を逆転するために得点可能性を高める必要があるから、盗塁しろ。今の状況なら成功確率が高い」と「目的込み」で指示をだす。あるいは、「得点可能性を高めろ」と「目的のみを指示」し、「手段」は相手に任せる。こういったことが、本書では伝えきれていないように思えます。
したがって、実際の運用では「コミュニケーション能力」が問われることになるでしょう。
最後です。
「部下」のマインドセット 「育成」が重要
「モチベーション無視」上司は嫌→離職率が高くなる。
「リーダー」についていくことを成長、そこについていけないのは「甘え」という論理になっているようです。
注意深く読むと、新人とそれ以外は区別するように、という注意があります。
ただ、根本にあるのは「プロフェッショナル」としてある程度自覚をもった部下との関係を前提にしていると感じます。
大企業、20人、200人程度の中小企業の現場を知っていますが、実感として、大企業であれば通用する、と思えます。一方で、20、200人程度では、このスタイルではきついだろう、と思えます。
人材に余裕がないためです。
その都度代わる人材を採用するのはリスクが高まるだけです。
ただ、「そこまでは面倒みきれません」と言われてもしょうがありません。「採用」「育成」の話になってきますから。
一方で、数百人程度の組織こそ、このスタイルでメリットを最大化できる、とも思えます。
実施するとしたら、「全社的に実施」という体系がよいと思います。
上司ではなく、「部下」をマインドセットして運用する、教育体制を整えることで、この体制を受け入れやすくなると思います。そうでないと、部下側の不満がたまりかねません。
原点回帰
総じて、本スタイルは間違っていないと思います。むしろ、原点回帰だと思えます。
原点であるだけに、原理主義的に実行してしまわないように注意が必要です。
「人間は感情の生き物」という点を理解せずに使うと、自身も苦しくなるでしょう。
職域や組織成熟度の段階によっては使える、というものです。
ボトムアップ的な改善を強みとする組織、持続的に強度なストレスがかかる、高度技能職には使いづらいところがあると思います。あとは、部下の方が知見が広い、という不思議組織のケースにも使いづらいですね。
上下関係が強い組織のデメリットといて、下からの意見があがりづらいことがあります。会議では意見がでなくなることが危惧されます。
ルールをつみあげることで効率を出しやすい職域、定型的なノウハウ化が可能な職域には使えると思います。
古今東西に共通する組織人の「考え方の核」を提供してくれていると思います。
「指揮」学ですね。











